朝霞荘|砂土原町

 砂土原町三丁目22番地で超豪華な和風住宅が現れます。「朝霞荘」です。地下1階、地上2階、塔屋1階、建築家は黒川紀章。昭和62年(1987)12月、安田火災の迎賓館として竣工。中庭は桂離宮の紅葉山からの引用で、くすのきの大木は保存しています。駐車場の床は障子の組子、花、鳥、風、月の各パターンを御影石にて表現し、外壁はベンガラ色。現在は損害保険ジャパンが所有する厚生施設です。

損害保険ジャパンの厚生施設
朝霞荘
朝霞荘
朝霞荘
朝霞荘
朝霞荘

 このベンガラ色は土から取れる成分(酸化鉄、三酸化二鉄Fe2O3)で紅殻ベンガラ弁柄ベンガラとも書き、インド・ベンガル地方から来ています。無害なので天然素材として使えます。

 石川啄木はこの土地を利用しています。明治37年10月31日、石川啄木18歳の上京(3回目)。2回ほど転居した後で、養精館(神田区駿河台袋町8、三楽病院の裏、都医師会の並び、現在は駿台予備学校8号館の近辺)が閉鎖され、11月28日、養精館の経営者・井田芳太郎方(砂土原町三丁目22番地)に転居。翌年3月9日までの3か月半、ここで下宿。そして、またまた近くの大和館(牛込区払方町25)に転居しています。(「東京紅団」から)

彼の書簡では……

11月28日牛込より 金田一京助宛
本日左記へ転ず
牛込区砂土原町三丁目廿一番地 井田芳太郎方 石川啄木
堀合兄御同道にて近日中に御来遊如何。
金田一花明様

 翌日は……

 廿一番地は廿二、の誤なり、兄がたづねたる埼玉学生誘掖会の隣り、大名屋敷の様な大きい門のある家は乃ち我今の宿也。一字の誤りにて大に兄を労せしめたる、罪万死に当る、多謝。明二日、日没頃より在宅。

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