2. 本館の裏庭
本館は写真撮影禁止なので、飛ばすことにして、過去に撮影した裏庭の建物です。




宮城道雄記念館 検校の間
登録年月日 平成23年7月25日
検校の間は、昭和23年(1948)、宮城道雄が戦災で焼失した中町の住宅を再建する際に建てた書斎である。木造平屋建て、瓦葺き、内部は床の間と床脇を備えた六畳の和室と二畳弱の次の二間からなる。
宮城の希望で茶室風の意匠をもち、庭に面した丸窓の曲線を多用した竹の格子など、随所に高度な大工技術が凝らされている。昭和25年(1950)と昭和30年(1955)に敷地内で曳き屋を行い、現在の位置に固定した。
平成25年3月
検校 盲人の職能団体「当道座」の最高位の官名。専用の頭巾・衣服・杖などの所持は許可。

また「検校の間」「録音室」「石の達磨大師」についても説明があります。
検校の間
宮城道雄の書斎。昭和23年(1948)12月に完成し、「検校の間」と名づけられた。最後の7年間はほとんどここで作曲された。はじめは、自宅母屋から廊下づたいの離れとして、現在の録音室の東寄りに建てられたが、録音室建築のために現在地に移され、独立の一棟となった。間口3杯、奥行2間。南に6畳、襖を隔てて北に2畳。6畳には向かって右から床棚・床・付書院が設けられ、床柱は竹の角が用いられている。天井は、付書院側の1.5畳分が簾張、他の4.5畳分が竿縁。全体として茶室風の趣になっている。
録音室
鉄筋コンクリート平屋造り、防音設備を施した一室。目の不自由な宮城が自宅で録音することを目的として、昭和30年(1955)に着工されたが、翌年の竣工の直前に彼は不帰の客となり、自身はこの録音室を用いずに終った。
石の達磨大師
ちょうどこの春早々でありましたが、いつも来る植木屋さんが、石の達磨大師を持ってまいりました。私はその顔を撫でてみましたところが、これは石屋さんが彫ったんで、別に有名な方の作ではないんでありますが、なかなかデコボコした手触りが非常に面白いと思いました。ことに、この石像の顔を撫でるときに、いちばんに眼を撫でてみます。ところが、眼が彫ってありまして、眼がなかなかよく出来ているように思いました。 宮城道雄談・昭和30年(1955)2月ラジオ









さらに宮城道雄記念館の別館、宮城喜代子記念室もあります。

上左側の掲示は「⬅︎入口」と「宮城喜代子記念室は左の扉を開けて中にお入り下さい」。

上右側の扉を開けると、石板の「宮城道雄氏略伝」が出てきます。





3. 牛込神楽坂レジデンス
2015年、古い「別館」(「宮城喜代子記念室」)は取り替えられて、2016年、新しく「牛込神楽坂レジデンス」ができました。


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