神楽坂2丁目(写真)昭和27年頃 ID 29とID 5081

 昭和27年頃に撮った新宿歴史博物館の「データベース 写真で見る新宿」で2枚の写真です。1つは新宿歴史博物館 ID 29で、解像度は921 x 733ピクセルです。

新宿歴史博物館 ID 29 神楽坂途中、2丁目付近

 これは次のような説明があります。

神楽坂2丁目(写真)昭和27年頃 ID 29
 最左端は「生花や」で、田口屋生花店です。隣には鰻の「志満金」、尾崎屋(靴店)、田金果物店、八食品、大島糸店と続きます。のぼり旗は「歳末大売り出し」で、良く見るとID 28でも確認できます。

 次は新宿歴史博物館 ID 5081です。本体の解像度は3286 x 2480ピクセルでしたが、WordPressでは最大の解像度は2560ピクセルだけです。

新宿歴史博物館 ID 5081

 これも新宿歴史博物館に次の説明があります。

昭和(戦後) / 昭和27年(1952)頃 創業明治2年(1869)の老舗うなぎ屋志満金の前。

 さて同じ新宿歴史博物館で、どうして解像度がこれほど違うのでしょうか。似ているけれど違っている点もあります。地元の方はおそらく「連続して撮影したものと見ていいと思います。ID 29は保存したプリントからスキャンし、ID 5081はネガが残っていた。その差でしょう。両者に決定的な違いはないと思います」。これには大賛成です。でもID 29のネガも残っているのでは? しかし、このネガは残っていない?
 ID 5081を説明しましょう。左端は「花 田口屋」です。夜に光るネオンがあり、ID 29でも分かりにくいけれど、よく見るとあります。「生花」ではなく、花文字で書いた「花」です。
 次が「志満金」。左側には「北京料理」があります。2階の看板は「銘酒 白鷹 料理 志満金」、1階の「蒲焼」の2つ。街灯の柱には「コーヒー 〇 フジヤ」
 次は尾崎屋で、靴屋です。靴の絵と「ライ◯ ◯ム」があり「アポロ〇〇〇」、電話番号の「◯557番」。ここにも長靴のネオンがあります。
 次は名前がない2店舗で、都市製図社の火災保険特殊地図(昭和27年)によれば田金器物、八食品で、人文社の「日本分県地図地名総覧」(昭和35年)では「果実 田金」「食品 丸八」です。旗は「歳末大売り出し」ではなく、「全店 大売出し」でした。
 次は大島糸店。看板は「毛糸ボタン 洋裁〇〇〇」。電柱看板の「質 買入 大久保」があります。
 「神楽 菓子」と「〇遠家具」とある人。続いて「夏目写真館」「中古品高価買入」。口中清涼剤「仁丹」は「神楽坂薬局」があるためでしょう。
 さらに電柱看板の「三池旅館」、増田屋の「牛豚肉」、瀬戸物屋「太」陽堂、「セト」モノ。
 最も遠い「千代田銀行」は、過去の三菱銀行です。ウィキペディアでは1919年に株式会社三菱銀行、1948年(昭和23年)から 1953年(昭和28年)まで「株式会社千代田銀行」と改称し、1953年に三菱銀行へ戻します。今もほぼ同じ場所に三菱UFJ銀行があります。

都市製図社「火災保険特殊地図」昭和27年2丁目

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です