昭和20年代後半の神楽坂5丁目で写真4枚で、新宿歴史博物館「データベース 写真で見る新宿」ID 24~27を見ていきます。
歩道には濃淡の2色があります。新宿区役所「新宿区15年のあゆみ」(昭和37年)の「色つき歩道」の写真を下に挙げます。残念なから、それ以上は書いていませんが、ID 24~27を「色つき歩道」と呼ばない理由が見当たりません。

縁石があっても歩道と車道はほぼ同じ高さになるようです。
なお、地元の方に多大な助言をもらいました。この半分以上は地元の方の言葉です。
神楽坂上付近 新宿歴史博物館 ID 24

坂上の神楽坂5丁目です。右側には電柱看板「富永写真館」と文房具屋「相馬屋」があります。さらに空き地をはさんで「万長酒店」。左から差し込む一条の光は「地蔵坂」(あるいは「藁店」)を通ってやってきました。左側の袖看板「電燈電力工事」は「火災保険特殊地図」だと「中河電機」です。電柱看板「富永写真館」と「歯科川島」は藁店にありました。

神楽坂上付近 新宿歴史博物館 ID 25

これも同じですが、神楽坂5丁目の右端に石積みがあります。これは空襲で焼け落ちた東京貯蓄銀行の外壁でしょう。住宅地図などによると、倉庫として使われた後に日本勧業信用組合(現・第一勧業信用組合)の本店に建て替えられました。現在は神楽坂TNヒルズです。
神楽坂上付近 新宿歴史博物館 ID 26

神楽坂通りの左側「ノーブル 西澤商店」がはっきり見えます。藁店の東側の「西沢菓子」が菓子「ノーブル」を売っています。左から光る道は地蔵坂(藁店)です。右側で、最初に出てくる2階建ての店舗は万長酒店でしょう。その奥の1階建ての建物は倉庫。寺内横丁に行く道路があり、さらに肉の恵比寿亭とつながります。
神楽坂上付近 新宿歴史博物館 ID 27

神楽坂5丁目の左側の「ナカガワ」は「中河電機」。別の看板「電燈電力工事」もあります。その奥の店舗は近江屋ですが、これは見てもわかりません。右側は「万長酒店」と倉庫。「牛豚肉」の下に恵比寿亭、さらにパチンコがさらに奥にあります。
| 神楽坂5丁目 昭和27年頃 | |
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