かわいいペコちゃん でもペコちゃん焼は…
地下鉄の出入り口の先には「不二家」のフランチャイズ店があります。昔は「岩瀬糸店」でしたが、「小間物みどり」や、パンの「神楽堂」になり、昭和42年(1967年)ケーキ・洋菓子などの不二家になりました。

わずか105円の「ペコちゃん焼」(現在は定価は220円〜300円までアップ)は、現在はここにしか残っていません。05年、鉄板を新しくしたのを機に「ポコちゃん焼」も登場。新しい鉄板、店構えも新しく、「焼」も可愛くなりました。決して甘すぎるものはないので大丈夫。なお、店の前のペコちゃんはしょっちゅう衣装が変わります。
この平松南社長は父がフランチャイズの社長で、本人は講談社の社員でした。父と兄はなくなり、本人がここの社長になりました。ここ神楽坂が大好きな社長として書籍の出版などもやっていましたが、現在はインターネットが中心です。
不二家本社の不祥事
平松南氏は「ペコちゃん必死の戦い」でこう語ります。
平成19年(2007)1月の時期にテレビ、新聞を含む全マスコミに不二家の不祥事が報道されたのです。わが不二家飯田橋神楽坂店もその不祥事の余波を受け、1月14日まではペコちゃん焼のみでがんばったのですが、1月15日になると不二家の不祥事の社会的広がりに耐えることができず、断腸の思いで閉店致しました。
この「不二家の不祥事」について、AIの概要は……①期限切れ原材料の使用常態化。埼玉工場などで消費期限切れの牛乳やリンゴ加工品が使用され、国の基準をはるかに超える細菌数で出荷。②隠蔽体質。昨年11月に、不二家本社は事実を把握していたにも関わらず、公表は停滞。
久野葵氏は「ペコちゃんはもう泣かない!」(宣伝会議編集者・ライター養成講座第十四期卒業制作優秀賞。「神楽坂まちの手帖」第17号、2007年秋)で……
平松が『ペコちゃん焼は無実だ』と表現するのには理由がある。ペコちゃん焼は、ショートケーキなどの他の商品と異なり、完全に飯田橋神楽坂店のオリジナル商品なのだ。
ペコちゃん焼とは、その名の通りペコちゃんの顔の形をした大判焼きだ。もともとは不二家本社が、1960年代に不況対策として全国10数店舗に導入したことがはじまりだったが、飯田橋神楽坂店以外はすべて2、3年のうちに扱いをやめてしまった。飯田橋神楽坂店はその後も、店独自のルートで材料を調達し、地道に生地や餡の改良を重ねていった。
ペコちゃん焼とは、その名の通りペコちゃんの顔の形をした大判焼きだ。もともとは不二家本社が、1960年代に不況対策として全国10数店舗に導入したことがはじまりだったが、飯田橋神楽坂店以外はすべて2、3年のうちに扱いをやめてしまった。飯田橋神楽坂店はその後も、店独自のルートで材料を調達し、地道に生地や餡の改良を重ねていった。
50日目、2007年3月5日、ようやくこの自粛は解けます。
朝日新聞の記者は「ペコちゃん焼」神楽坂に復活 不祥事から自粛50日」で……
販売再開は、不二家の経営陣刷新と衛生管理体制が整ったと判断し、踏み切った。この間、店には励ましの手紙やメールが数十通寄せられた。『いつもあるものが閉店すると寂しい』というメッセージもあった。

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