作家(さ行)

斉藤松洲 さいとうしょうしゅう。日本画家。鈴木松年の門に学び、特に俳画に長ずる。生年は明治3年(1870)、昭和9年(1934)存、歿年不詳。
斎藤茂吉 さいとう もきち。歌人。青山脳病院院長。1905年、東京帝国大学医科大学卒。1906年(明治39年)、伊藤左千夫の門下となり、「アララギ」に短歌を発表。研究・評論の業績も大きい。生年は明治15年5月14日、没年は昭和28年2月25日。70歳。
西条八十 さいじょう やそ。詩人。パリ大に留学。昭和6年、母校早大の教授。生年は明治25年1月15日。没年は昭和45年8月12日。鈴木三重吉の「赤い鳥」にもくわわり、童謡「かなりあ」を発表。「東京行進曲」「東京音頭」など歌謡曲、民謡の作詞でも有名。
早乙女勝元 さおとめかつもと。12歳で東京大空襲を経験し、町工場ではたらく。18歳、昭和25年「下町の故郷」が直木賞候補。昭和45年東京空襲を記録する会を結成。昭和46年ルポルタージュ「東京大空襲」をベストセラーに。平成14年、東京大空襲・戦災資料センター館長。令和元年、退任し、名誉館長に。生年は1932年3月26日。
酒井潔 さかいきよし。編集者、著述家、翻訳家。生年は1895年(明治28年)。没年は1952年(昭和27年)。エログロナンセンス文化の火付け役。「彼は日本人と見られることが比較的少いさうである。」(「現代談奇作家版元人名録」(『談奇党』昭和6年12月号)
堺利彦 さかい としひこ。号は枯川。社会主義者、思想家、著述家、小説家。明治39年(1906年)日本社会党を結成して幹事に。大逆事件(幸徳事件)」では、獄中にいたため連座はしない。大正11年(1922年)、日本共産党に参加、しかし、離反。東京無産党を結成して活動を続け、昭和4年(1929年)に東京市会議員に当選。生年は明治3年11月25日(1871年1月15日) 。没年は昭和8年(1933年)1月23日。
阪本紅蓮洞 さかもと ぐれんどう。文芸評論家。中等教員、新聞記者となるが長続きせず、明治36年(1903年)に与謝野鉄幹が主催する新詩社に入り、「紅蓮洞」の名をもらう。歌人・吉井勇を誘い出して飲み歩き、放浪生活で、数々の奇行が始まった。文壇の名物男として有名。生年は1866年(慶応2年)9月。没年は1925年(大正14年)12月16日。60歳
佐々木茂索 ささき もさく。小説家、編集者。生年は1894年(明治27年)11月11日。没年は1966年(昭和41年)12月1日。京都府出身。京都府第一中学校中退。芥川龍之介に師事。1930年を最後に作家として筆を折り文藝春秋の幹部として活動、1935年に菊池寛らと芥川龍之介賞、直木三十五賞を創設。戦後改組した文藝春秋新社(現・文藝春秋)の社長として復帰。
笹口幸男 ささぐちゆきお。1940年生まれ。中央大学法学部政治学科を卒業し、ジャパンタイムズやTBSブリタニカ社、扶桑社の編集長などを経て、この当時は『International Financing Review』の東京編集部に勤務。
サトウハチロー 詩人。佐藤紅緑の長男。童謡・歌謡曲などを数多く作詞。歌謡曲「リンゴの歌」、童謡「ちいさい秋みつけた」、詩集「おかあさん」など。作家の佐藤愛子は異母妹。生年は1903年(明治36年)5月23日。没年は1973年(昭和48年)11月13日。
佐藤義亮 さとう ぎりょう。新潮社創業者。秋田の責善学舎を経て上京、秀英舎(大日本印刷前身)勤務。明治29年、新声社創業、しかし破綻。明治37年、新潮社創業、『新潮』を創刊。大正3年、出版界初の廉価本(20銭)「新潮文庫」創刊。昭和2年発刊の『世界文学全集』が大成功。文芸出版の雄。生年は明治11年2月18日。没年は昭和26年8月18日。73歳。
佐藤春夫 さとう はるお。近代日本の詩人と作家。生年は明治25年(1892年)4月9日。没年は昭和39年(1964)5月6日。慶応大学予科中退。1910年に与謝野寛・晶子夫妻の新詩社同人。同年、永井荷風を慕って慶応大学に入学。以来《スバル》《三田文学》に詩や評論を発表。この時期の詩はのちに《殉情詩集》(1921)に収集。大正期に入ると散文への転身をはかり、17年,スランプに苦しむ自身の心象風景を描いた《病める薔薇そうび》を発表,これはたびたび改稿加筆されて、19年《定本・田園の憂鬱》として完成。
里見弴 さとみ とん。小説家。神奈川県出身。東京帝大中退。生年は明治21年7月14日。没年は昭和58年1月21日。有島武の子。有島武郎たけお、有島生馬いくまの弟。志賀直哉の影響をうけ、明治43年、「白樺」を創刊。大正5年、短編集「善心悪心」。大正8年、久米正雄らと「人間」を創刊。長編の代表作は「多情仏心」「安城家の兄弟」。戦後は「極楽とんぼ」などを発表。
佐多稲子 さたいねこ。小説家。生年は1904年6月1日。没年は1998年10月12日。18歳の中学生と 15歳の女学生の恋愛の結果として誕生。父の失職などの事情で小学校5年に中退。キャラメル工場、中華そば屋、料亭、メリヤス工場を転々と。1928年に「キャラメル工場から」でプロレタリア作家として出発。戦中の行動に批判され、戦後の新日本文学会の立ち上げの発起人にはなれず、自らの内面を掘り下げる作品を発表し、「婦人民主クラブ」の委員長を長年務めるなど女性運動の一翼も。
沢田正二郎 さわだ しょうじろう。俳優。略して沢正さわしょう。早大英文科卒。島村抱月と松井須磨子の芸術座に加わったが、松井須磨子と衝突して脱退。大正6年同志と「新国劇」を結成、迫力ある殺陣たてが評判を呼び、たちまち人気劇団に。生年は明治25年5月27日。没年は昭和4年3月4日。38歳。

志賀直哉 しが なおや。小説家。東京帝大英文科中退。武者小路実篤らと『白樺』を創刊。短編の名作を書いた。リアリズム文学の傑作を書き、強烈な自我意識と簡潔・明晰な文体で有名。昭和12年、唯一の長編「暗夜行路」を完成。小説の神様とも呼ばれた。生年は1883年(明治16年)2月20日。没年は1971年(昭和46年)10月21日。
汐見洋 しおみ よう。俳優。大正9年劇団研究座を組織。13年小山内薫らの築地小劇場創立に参加。昭和9年「さくら音頭・涙の母」で映画に初出演、後は「美徳のよろめき」など映画で活躍。生年は明治28年(1895年)7月7日。没年は昭和39年(1964年)7月1日。
式亭三馬 しきていさんば。江戸後期の草双紙・洒落本・滑稽本作者。早くから本屋に奉公し、自身も古本屋を営む。江戸庶民の町人気質を主にして滑稽本『浮世風呂』『浮世床』が代表作。生年は安永5年(1776)。没年は文政5年(1822)閏(うるう)1月6日。48歳。
柴田宵曲 しばたしょうきょく。大正-昭和時代の俳人。ホトトギス社に入社、昭和10年、俳誌「こだま」を創刊、主宰。『古句を観る』など俳句に関する随筆や考証物も多く、晩年、書肆の求めに応じて『明治の話題』『妖異博物館』などを執筆。生年は明治30年9月2日、没年は昭和41年8月23日で68歳。
島木健作 しまきけんさく。小説家。昭和2年、日本共産党入党し、農民運動に参加。投獄され転向。昭和9年、獄中体験を「らい」「盲目」にあらわし、文壇に。農民運動の実態をえがいた「再建」、求道的な帰農をテーマにした「生活の探求」などを発表。生年は明治36年9月7日、没年は昭和20年8月17日。43歳。
島崎藤村 しまざき とうそん。詩人・小説家。明治学院在学中に洗礼。北村透谷らと「文学界」を創刊。詩集『若菜集』で浪漫派詩人。のち散文に転じ『破戒』で自然主義文学の先駆に。昭和四年からの『夜明け前』は自伝的藤村文学の集大成。生年は明治5年2月17日。没年は昭和18年8月22日。72歳。
島田清次郎 しまだ せいじろう。石川県出身。大正8年生田長江ちょうこうの推薦で出版した「地上」が大ベストセラーに。11年の欧州旅行後は精神をやみ、療養中に死亡。生年は明治32年2月26日。没年は昭和5年4月29日。32歳。
島村抱月 しまむら ほうげつ。評論家、美学者、英文学者、新劇指導者。島村家の養子となり、苦学して 1894年東京専門学校(現早稲田大学) 文学科を卒業。坪内逍遥に師事し、文芸協会を設立。「早稲田文学」を主宰し、自然主義文学運動に活躍。松井須磨子と芸術座を組織し、西洋近代劇を紹介。生年は明治4(1871)年1月10日。没年は1918年11月5日。48歳。
素木しづ しらきしづ。小説家。生年は明治28(1895)年3月26日。没年は大正7(1918)年1月29日。北海道札幌市。明治44年、札幌高女卒。女学校時代に結核性関節炎。大正元年上京後、右足を切断。翌年から森田草平に師事して文学を志し、同年処女作「松葉杖をつく女」を発表。大正3年「三十三の死」。4年、画家の上野山清貢と結婚、その後も創作を続け、亡くなるまで5年足らずで代表作「美しき牢獄」「たそがれの家の人々」などの作品は60編に及ぶ。

杉本苑子 すぎもとそのこ。小説家。出生は東京市牛込区(現東京都新宿区)若松町。吉川英治に師事し、歴史小説を発表。1963年、「孤愁の岸」で直木賞。生涯独身。生年は1925年6月26日、没年は2017年5月31日。91歳。
鈴木貞夫 すずきさだお。詳細不明。自費出版で『牛込御徒町御徒組屋敷』『「試衛館」と市谷・牛込について』などを出版、『歴史研究』で「行元寺の仇討とその周辺」、新宿法人会で『新宿歴史よもやま話』などを出版。途中で平成20年ごろ死亡。住所は新宿区弁天町。
数藤五城 すどうごじょう。帝国大学卒。一高の数学教授。俳句を正岡子規の門人。また斎藤茂吉に師事し、短歌での筆名は小野三郎。生年は明治4年12月24日、没年は大正4年8月21日。45歳。
杉森久英 すぎもり ひさひで。第二次大戦後、河出書房にはいり、「文芸」編集長に。昭和37年島田清次郎の生涯をえがいた「天才と狂人の間」で直木賞、平成5年伝記小説に一時代を画した功績で菊池寛賞。生年は明治45年3月23日。没年は平成9年1月20日。84歳。

瀬沼夏葉 せぬまかよう。10歳でロシア正教会のニコライ女子神学校に入学しロシア語をまなぶ。尾崎紅葉の弟子。チェーホフの作品をロシア語から直接翻訳。明治41年「露国文豪チエホフ傑作集」を出版。生年は明治8年12月11日、没年は大正4年2月28日。急性肺炎で死亡。41歳。

相馬御風 そうまぎょふう。詩人。自然主義の評論家。 明治39年、早稲田大学英文科を卒業。『早稲田文学』の編集に参加。「早稲田詩社」の設立の1人。早稲田大学校歌「都の西北」、「春よ来い」などの童謡の作詞者。生年は明治16年7月10日、没年は昭和25年5月8日。66歳。
相馬泰三 そうまたいぞう。小説家。新潟県新潟市南区生まれ。1912年谷崎精二、葛西善蔵、広津和郎らの『奇蹟』創刊に参加、1914年「田舎医師の子」が出世作。1918年「荊棘の路」は『奇蹟』の作家たちを悪しざまに描き、モデル問題に。のちに紙芝居の指導者。生年は1885年12月29日。没年は1952年5月15日。66歳。大正9年には横寺町36に。