| 直木三十五 |
なおきさんじゅうご。小説家。春秋社、冬夏社などの出版社を設立するが、失敗。時代小説「南国太平記」 (30~31) で流行作家に。本名の植村宗一の一字を2つに分け、年齢の三十一、三十二、三十三、四は飛ばし、三十五を名のる。死亡の翌1935年、友人の作家菊池寛が発案し、文学賞「直木賞」を設定。生年は明治24年2月12日、没年は昭和9年2月24日。44歳。 |
| 中戸川吉二 |
なかとがわきちじ。明治大学を中退。里見弴に師事。私小説的作風。大正12年、雑誌「随筆」を創刊。次第に創作から手を引き、もっぱら批評家として活躍。生年は明治29年5月20日。没年は昭和17年11月19日。 |
| 中村武志 |
なかむらたけし。1926(大正15)年、東京鉄道局(旧国鉄)に入社。1932(昭和7)年、法政大学高等師範部を卒業。内田百閒に師事。サラリーマンの目白三平シリーズで人気に。退職後、文筆生活に。生年は明治42年1月15日、没年は平成4年12月11日。83歳。 |
| 永井荷風 |
ながい かふう。小説家。号は断腸亭主人など。『あめりか物語』『ふらんす物語』を執筆、耽美派の中心的存在に。『腕くらべ』などで花柳界の風俗を描写。他に『濹東綺譚』『つゆのあとさき』、訳詩集『珊瑚集』、日記『断腸亭日乗』など。生年は明治12年12月3日。没年は昭和34年4月30日。79歳 |
| 永井龍男 |
ながいたつお。小説家、鎌倉文学館の館長。一ツ橋高小〔大正7年〕卒。大正9年、文芸誌「サンエス」に「活版屋の話」が当選。昭和2年、文芸春秋社入社。14年「文芸春秋」編集長、20年退社。戦後は創作が中心で、昭和24年、「朝霧」で横光利一賞受賞。格調高い文章で知られる短編の名手。生年は明治37年5月20日。没年は平成2年10月12日。86歳 |
| 長田秀雄 |
ながたひでお。詩人・劇作家。東京の生まれ。明治大学で学ぶ。幹彦の兄。「明星」「スバル」に参加。新劇運動に加わり、史劇で新分野を。生年は明治18年5月13日。没年は昭和24年5月5日。65歳 |
| 長田幹彦 |
ながたみきひこ。小説家、作詞家。秀雄の弟。早稲田大学英文科卒業。『澪』『零落』で文壇に登場。耽美享楽の情話作家から、のち通俗小説に。「祇園小唄」などの歌謡曲の作詞者としても有名。生年は1887年3月1日。没年は1964年5月6日。77歳。大正7年、神楽町一丁目二番地、 大正11~14年、中町31番地。 |
| 中根駒十郎 |
なかねこまじゅうろう。郷里の小学校を卒業し、神田の大鳴学館に。明治31(1898)年、義兄の佐藤儀助(義亮)の新声社に入り、1904年に創業の新潮社の発展に尽くした。昭和22年、支配人を退き顧問に。「新潮社の大番頭」。夏目漱石、島崎藤村、芥川龍之介ら作家たちの信頼も厚かった。生年は明治15(1882)年11月13日。没年は昭和39(1964)年7月18日。81歳。 |
| 中野実 |
なかのみのる。劇作家、小説家。法政大学文科中退。岡本綺堂(きどう)に師事。映画や新派、新国劇、歌舞伎の脚本やユーモア小説を発表。生年は明治34年11月30日。没年は昭和48年1月3日。71歳。 |
| 中村吉蔵 |
なかむらきちぞう。劇作家、小説家、演劇研究家。早大卒。明治39年、渡米し、欧州を経て明治42年に帰国、小説から劇作に転向。大正2年の芸術座結成に参加。「剃刀」などの社会劇を発表。大正末から母校で演劇史を講じ、「日本戯曲技巧論」は浄瑠璃・歌舞伎研究を集大成したもの。生年は明治10年5月15日。没年は昭和16年12月24日。65歳。 |
| 中村星湖 |
なかむら せいこ。小説家。早稲田大学英文科卒業。『早稲田文学』の懸賞小説に1等当選、同誌の記者となり、自然主義文学の作品、評論を発表。戦後は山梨学院短大教授。生年は明治17年2月11日。没年は昭和49年4月13日。90歳。 |
| 中村不折 |
なかむらふせつ。洋画家、書家。狩野派を学び、渡仏してジャン・ポール・ローランスに師事。帰朝後は太平洋画会会員として活躍し、太平洋美術学校長。書にもすぐれ自宅に書道博物館。帝国芸術院会員。生年は慶応2年7月10日、没年は昭和18年6月6日。78歳。 |
| 中村武羅夫 |
なかむらむらお。評論家、ジャーナリスト。『文章世界』の投稿から文学活動を始め、小栗風葉に師事。『新潮』の編集に参加。1925年には『不同調』を創刊。大正末の私小説論争、29年の『誰だ? 花園を荒す者は!』でマルクス主義文学批判など新興芸術派運動の中心的人物。生年は1886年(明治19年)10月4日。没年は1949年(昭和24年)5月13日。 |
| 中山義秀 |
なかやまぎしゅう。小説家。早大在学中、生涯の友である横光利一らと同人雑誌『塔』を発刊。1938年の『厚物咲』で第7回芥川賞受賞。戦後は歴史小説や戦記物で新境地を拓いた。生年は明治33年10月5日、没年は昭和44年8月19日。68歳。 |
| 中山晋平 |
なかやましんぺい。作曲家。生年は1887年3月22日。没年は1952年12月30日。18歳の時上京し、島村抱月の書生と。東京音楽学校卒。1914年、抱月の依頼で作曲した「カチューシャの唄」が松井須磨子の歌で評判に。民謡の特徴を生かした童謡、歌謡曲などの作編曲に活躍。 |
| 夏目漱石 |
なつめ そうせき。小説家、評論家、英文学者。帝国大学(後の東京帝国大学、現在の東京大学)英文科卒業後、イギリスへ留学。帰国後、東京帝国大学講師として英文学を教え「吾輩は猫である」を雑誌『ホトトギス』に発表。これが評判に。生年は1867年2月9日(慶応3年1月5日)。没年は1916年(大正5年)12月9日。 |
| 楢崎勤 |
ならさき つとむ。小説家、編集者。大正14年、新潮社に入社し、翌年から「新潮」の編集に従事。中村武羅夫を中心とする十三人倶楽部に属し、新興芸術派の作家としても活躍。昭和21年、読売新聞社文化部に移り、図書編集部長などを歴任。著作は「白粉草が春菊になつた話」「神聖な裸婦」「相川マユミといふ女」「作家の舞台裏」など。生年は明治34(1901)年11月7日。没年は昭和53(1978)年12月1日。77歳。 |