作家(ま行)

前田曙山 まえだしょざん。作家。日本英学館に学ぶ。20歳、小説『江戸桜』を尾崎紅葉氏の雑誌「千紫万紅」に発表。明治29年頃には、春陽堂の編集者になっている。硯友社系。大正14年の『落花の舞』(東京朝日新聞発行所)などで大衆作家。小説の映画化は60作以上。生年は明治4年11月21日、没年は昭和16年2月8日。69歳。
牧野信一 まきの しんいち。大正、昭和時代前期の小説家。私小説的作風から幻想的作風に転じました。昭和6年より「文科」を主宰し、井伏鱒二、坂口安吾らの新人を推賞。神奈川県出身。早大卒。代表作は「父を売る子」「ゼーロン」。生年は明治29年11月12日。没年は昭和11年3月24日。自殺。41歳。
正岡子規 まさおかしき。俳人、歌人。帝国大学国文科中退。大学予備門で夏目漱石と知り合いに。俳句革新に着手し、高浜虚子らの俳誌「ホトトギス」により活動。また「歌よみに与ふる書」では和歌改革を主張。また写生文の必要を説いて優れた随筆を発表。俳句・短歌に近代文学としての位置を確立。生年は慶応3年9月17日、没年は明治35年9月19日。34歳。
正宗白鳥 まさむね はくちょう。小説家・劇作家・評論家。早大卒。「塵埃」で文壇に登場。「何処へ」「微光」「泥人形」を書き自然主義文学の代表的作家に。「作家論」は他の追随を許さない人物批評。生年は明治12年(1879年)3月3日。没年は昭和37年(1962年)10月28日。83歳。
松井翠声 まついすいせい。米国帰りで、外国映画の弁士として活躍。徳川夢声のナヤマシ会に参加。のち漫談家、司会者。映画俳優。NHKラジオ「陽気な喫茶店」に出演して人気を。生年は明治33年4月9日。没年は昭和48年8月1日。73歳
松井須磨子 まつい すまこ。新劇女優。坪内逍遥の文芸協会演劇研究所第一期生となり『人形の家』のノラで主演。島村抱月との恋愛のため文芸協会を退会、『復活』のカチューシャで人気を。抱月急死2ケ月後あとを追って首吊り自殺。生年は1886年(明治19年)3月8日。没年は1919年(大正8年)1月5日。34歳。
松山省三 まつやましょうぞう。洋画家。白馬会の岡田三郎助に師事し、院展などに出品。明治43年、日本ではじめてのカフェー「カフェ・プランタン」を東京府京橋区日吉町に画家・文人のサロンとして開業。俳優河原崎国太郎の父。生年は明治17年9月8日。没年は昭和45年2月2日。85歳。
間宮茂輔 まみや もすけ。小説家。「不同調」の同人から「文芸戦線」、ナップに。昭和8年投獄、10年転向。12年から「人民文庫」に長編「あらがね」を連載。戦後は民主主義文学運動や平和運動の推進に。生年は明治32年2月20日。没年は昭和50年1月12日。75歳。
丸岡九華 まるおかきゅうか。詩人、小説家。尾崎紅葉らの硯友社の創立にくわわり、『我楽多文庫』では新体詩を発表。硯友社随一の詩人。東京高商(現一橋大)卒業後は教職に変わり、実業界で活躍。生年は慶応元年。没年は昭和2年7月9日。63歳。
真山青果 まやま せいか。小説家。劇作家。小栗風葉に師事。明治40年、小説「南小泉村」を発表して自然主義の新鋭と期待された。44年、原稿二重売り事件で文壇からはなれる。大正2年、松竹で新派の座付き作家に。歌舞伎の補筆や作品でも有名。生年は明治11年9月1日。没年は昭和23年3月25日。71歳。

三浦しをん みうらしをん。小説家。早大卒。父は国文学者の三浦佑之千葉大教授。「格闘する者に○(まる)」でデビュー。「まほろ駅前多田便利軒」で直木賞受賞。「舟を編む」で本屋大賞。就職活動や少年少女の心理を題材にした作品で若い読者の支持を得る。生年は昭和51年9月23日。
三上於菟吉 みかみ おときち。大正4年「春光の下に」を、5年「悪魔の恋」、以後「日輪」「炎の空」「白鬼」「黒髪」「雪之丞変化」などを発表し、大衆文学の中心人物に。活躍期には「日本のバルザック」とも。大正5年頃より長谷川時雨と同棲し、昭和3年、時雨を助けて「女人芸術」を創刊。生年は明治24(1891)年2月4日。没年は昭和19(1944)年2月7日。53歳。
三木露風 みきろふう。詩人。早大・慶大中退。相馬御風、野口雨情らと早稲田詩社を結成。北原白秋とともに白露時代と呼ばれた。象徴詩から宗教詩に。童謡『赤とんぼ』を作詞。生年は明治22年6月23日。没年は昭和39年12月29日。75歳。
三島由紀夫 みしまゆきお。小説家。昭和22年、東大を卒業後、大蔵省に勤務。23年退職。24年「仮面の告白」、また「潮騒」「金閣寺」「十日の菊」「豊饒の海」などで活躍。43年、楯の会を結成。45年11月25日、会員4人と自衛隊市ケ谷駐屯地に突入。自衛隊の決起を呼びかけたが、同日、割腹自決。生年は大正14年1月14日、没年は昭和45年11月25日。45歳。
水上勉 みずかみつとむ。小説家。立命館大学文学部中退。戦後、宇野浩二に師事。昭和36年「がんの寺」で直木賞。社会派推理小説「霧と影」で流行作家に。生年は大正8年3月8日、没年は平成16年9月8日。85歳。
水谷竹紫 みずたに ちくし。劇作家、演出家。生年は明治15年10月8日。没年は昭和10年9月14日。新聞記者をへて、大正2年、島村抱月の芸術座に参加。13年芸術座を再興し、経営と演出にあたります。義妹の初代水谷八重子を名女優にそだてました。54歳。
水谷八重子 みずたに やえこ。女優。芸術座で新劇の子役として出発。新派に参加、花柳章太郎亡きあと同劇団を支え、演劇界を代表する女優の一人。生年は明治38年8月1日東京生まれ。没年は昭和54年10月1日。74歳。
水野仙子 みずのせんこ。須賀川裁縫女学校在学中から投稿を続け、明治42年「文章世界」に発表した短編「徒労」が田山花袋にみとめられ福島から上京、指導をうける。44年歌人川浪磐根いわねと結婚、同年「青鞜」同人に。作品集に「水野仙子集」(装丁は岸田劉生)。生年は明治21年12月3日。没年は大正8年5月31日。結核のため32歳で死亡。
水野正雄 みずのまさお。郷土史研究家。「まちの案内人」。家業は「神楽坂 京屋」。洗い張りを行い、これは「着物を水洗いし、針の付いた竹ひごや張り板にピンと張り、シワを伸ばして乾燥すること」。住所は白銀町。生年は大正8年9月19日。
水守亀之助 みずもりかめのすけ。大阪の医専を中退して、1907年、田山花袋に入門。1919年、中村武羅夫の紹介で新潮社に入社し、『新潮』編集部に。編集者の傍ら、『末路』『帰れる父』などを発表。中村武羅夫や加藤武雄と共に新潮三羽烏と。生年は1886年6月22日。没年は1958年12月15日。72歳。
水上滝太郎 みなかみたきたろう。小説家、評論家、劇作家。1912年慶應義塾大学卒業。父は明治生命保険相互会社の創立者。10年、『明星』派の歌人として出発。永井荷風の主宰する『三田文学』に『山の手の子』 (1911) を書いて小説に転じ、久保田万太郎とともに三田派の新進作家として認知。生年は1887年12月6日。没年は1940年3月23日。54歳。
宮城道雄 みやぎみちお。生田流箏曲家、作曲家。1915年宮城に改姓。7歳の頃失明。2・3世中島検校に師事し、11歳で免許皆伝。13歳から朝鮮に在住して箏曲を教授。1909年処女作『水の変態』を作曲。生年は明治27年4月7日。没年は昭和31年6月25日。東海道線の列車から転落死。62歳。
宮嶋資夫 みやじますけお。小説家。小学校を卒業後、種々の職業を転々とし、アナーキズムに接近、絶望的状況を鉱山労働者に託して描いた『坑夫』 (1916) で労働文学の先駆者に。やがて思想的悩みで、仏門に。生年は明治19年8月1日、没年は昭和26年2月19日。64歳。
宮本百合子 みやもとゆりこ。小説家。共産党中央委員の宮本顕治の妻。昭和2年、ソ連に留学。『貧しき人々の群』で文壇に。戦闘的プロレタリア作家として活躍。弾圧下で執筆活動をつづけ、非転向をつらぬく。旧姓は中条。生年は明治32年2月13日、没年は昭和26年1月21日。51歳。
三好十郎 みよしじゅうろう。昭和初期から終戦後の復興期にかけて活動した小説家、劇作家。1924年、吉江喬松教授の推薦で『早稲田文学』に詩を発表。プロレタリア劇の作家として活動。その後、左翼的な活動に疑問を覚えたとして離脱。生年は明治35年4月21日。没年は1958年12月16日。56歳。

村松定孝 むらまつ さだたか。国文学者、文芸評論家。昭和女子大教授をへて昭和43年上智大教授に。「泉鏡花全集」「鏡花小説・戯曲選」の編集を担当し、「近代日本文学の系譜」などの著作も。63年「あぢさゐ供養頌」で大衆文学研究賞。生年は大正7年6月17日。没年は平成19年10月5日。89歳。
室生犀星 むろう さいせい。大正2年、北原白秋の主宰誌に「小景異情」を投稿し、生涯の友萩原朔太郎に。7年「抒情小曲集」を刊行。30歳代から小説に転じ、代表作は「あにいもうと」「あんずつ子」、「かげろふの日記遺文」など。生年は明治22年8月1日。没年は昭和37年3月26日。72歳。

森鴎外 もり おうがい。明治・大正期の小説家、評論家。本名はもり林太郎りんたろう。医学博士・文学博士。ドイツへ留学。最盛期の明治42年から大正5年にかけて「ヰタ・セクスアリス」「青年」「妄想」「雁」などを執筆。軍医総監医務局長。生年は1862年2月17日(文久2年1月19日)。没年は1922年(大正11年)7月9日。61歳。
森田草平 もりたそうへい。小説家、翻訳家。本名森田米松。第一高等学校を経て 1906年、東京帝国大学英文科卒業。在学中に書いた『仮寝姿』(1903)が認められて、小説家を志し、夏目漱石に師事。卒業後文学講座での教え子平塚らいてうと心中事件を起こし物議をかもした。漱石の庇護に救われ、長編『煤煙』(1909)を発表。代表作は評伝「夏目漱石」、歴史小説「細川ガラシヤ夫人」。生年は1881年3月19日。 没年は1949年12月14日。69歳。
森田たま もりたたま。随筆家。大正2年森田草平に師事し、短編「片瀬まで」「うはさ」などを発表。森田七郎と結婚後は筆をたったが、昭和7年随筆家として再出発。11年「もめん随筆」がベストセラーに。37年、自民党参議院議員。生年は明治27年12月19日。没年は昭和45年10月31日。75歳
森村誠一 もりむらせいいち。推理作家。ホテル勤務ののち、『高層の死角』で江戸川乱歩賞を受賞。ほかに『人間の証明』、七三一部隊をあつかった『悪魔の飽食』など。生年は昭和8年1月2日。