作家(は行)

長谷川時雨 はせがわしぐれ。劇作家・小説家。三上於菟吉と結婚。雑誌「女人芸術」を創刊し、女性の地位向上の運動を開拓。生年は明治12年10月1日。没年は昭和16年8月22日。63歳。
長谷川天渓 はせがわ てんけい。評論家。東京専門学校英文科卒業し博文館に入社。高山樗牛の『美的生活を論ず』に反発して『不自然は果して美か』『解決なき創作物』『文学の試験的方面』を発表。文学の研究、創作に科学的方法論を導入し、自然主義の論客に。明治43年イギリスに留学、帰国後は早大で英文学に。生年は明治9年11月26日。没年は昭和15年8月30日。65歳。
花柳小菊 はなやぎ こぎく。昭和の映画女優。もと東京神楽坂の半玉。昭和10年妓籍のまま日活の「恋愛人名簿」でデビュー。「恋山彦」などで人気女優に。戦後も「新選組」などに出演。昭和43年、映画界を引退。東京出身。本名は佐藤(旧姓は斎藤)芳子。生年は大正10年2月26日。没年は平成23年1月26日。89歳。
林倭衛 はやししずえ。洋画家。大正10年(1921)渡仏し、セザンヌのアトリエを借りて制作。帰国後は春陽会などで活躍。透明感のある風景画で有名。生年は明治28年6月1日。没年は昭和20年1月26日。51歳。
林原耕三 はやしばらこうぞう。英文学者、俳人。旧姓・岡田。大正7年、東京帝大英文科卒。明治40年漱石門下となり「木曜会」に参加。昭和3年、欧州留学、法政大を経て15年、明大教授、東京理科大教授、明大人文科学研究所長を歴任。句集「蜩」「梅雨の虹」「蘭鋳」「一朶の藤」、「俳句形式論」「芭蕉を越ゆるもの」、随筆「漱石山房の人々」など。。生年は明治20(1887)年12月6日。没年は昭和50(1975)年4月23日。
林芙美子 はやしふみこ。小説家。私生児として誕生。各地を転々と放浪しながら育ち、昭和5年刊行した自伝的小説『放浪記』がベストセラーに。生年は明治36年12月31日、没年は昭和26年6月28日。47歳。
パンの会
木村荘八画「パンの会」

明治末期(1908年12月~11年2月)の耽美主義文芸運動。パンはギリシア神話の牧羊神から。『スバル 』の木下杢太郎、北原白秋、吉井勇、石川啄木等の詩歌人、美術雑誌『方寸』の山本鼎、石井柏亭、森田恒友等の美術家、自由劇場の小山内薫、市川左団次等が参加。目的は20代の芸術家たちが浪漫派の新芸術を語り合うこと。永井荷風や上田敏等も出席。

樋口一葉 ひぐち いちよう。明治期の小説家。中島歌子の萩の舎塾で和歌、古典を学び、小説は半井なからい桃水とうすいに師事。1894年「大つごもり」を、翌年「にごりえ」「十三夜」「たけくらべ」を書き、すぐれた日記をのこした。生年は明治5年3月25日。没年は明治29年11月23日。25歳。
日夏耿之介 ひなつ こうのすけ。詩人、英文学者、評論家。1914年早稲田大学英文科卒業。在学中から詩誌『聖盃』を創刊 (1912) して詩作を開始、大正詩壇に新風を吹き込み、活躍。キーツをはじめとする英文学の造詣も深く、早大、青山学院大教授。生年は明治23年2月22日。没年は昭和46年6月13日。81歳。
平出修 ひらいでしゅう。評論家、小説家、歌人、弁護士。浪漫主義系の文学者。明治法律学校卒業。「明星」の同人として活躍し,その廃刊後は石川啄木や吉井勇らと「スバル」を刊行。一方で神田神保町に法律事務所を開業するリベラルな弁護士でもあり、幸徳事件(大逆事件)で弁護人を。生年は1878年(明治11年)4月3日。没年は1914年(大正3年)3月17日。
平田禿木 ひらたとくぼく。英文学者、随筆家。1898年、東京高等師範学校英語科卒業。1903~06年イギリスに留学後、第三高等学校などの教授を歴任。サッカレーの「虚栄の市」など英米文学の名訳で有名。生年は明治6年2月10日、没年は昭和18年3月13日。71歳。
平野万里 ひらのばんり。歌人、詩人。一高在学中に与謝野鉄幹に師事。北原白秋、石川啄木らとともに「明星」の主要メンバー。東京帝大工科大学応用化学科卒。ドイツに留学。満鉄、農商務省の技師。生年は明治18年5月25日、没年は昭和22年2月10日。63歳。
広津和郎 ひろつかずお。小説家。広津柳浪りゅうろうの次男。早大在学中の大正元年、葛西善蔵らと同人誌「奇蹟」を創刊。大正6年(1917年)「中央公論」に「神経病時代」を発表。戦後、中村光夫との「異邦人」論争などおおくの文学論争に。また「松川裁判」をあらわして裁判批判を展開。生年は1891年12月5日。没年は1968年(昭和43年)9月21日。76歳。
広津柳浪 ひろつ りゅうろう。小説家。社会底辺の暗黒面を描く深刻(悲惨)小説の代表的な作家。『黒蜥蜴』『今戸心中』『畜生腹』など。硯友社けんゆうしゃ同人。生年は文久元年6月8日。没年は昭和3年10月15日。67歳。

冨士眞奈美 ふじまなみ。女優、俳人、随筆家。1956年、『この瞳』で主役デビュー。1957年、NHKの専属第一号。1970年、日本テレビ系列の『細うで繁盛記』の憎まれ小姑役で、大ヒット。同じ年、コメディドラマ『おくさまは18歳』にも連続して出演。生年は昭和13年(1938年)1月15日。
藤枝静男 ふじえだ しずお。小説家。千葉医大卒。志賀直哉に傾倒。戦後、眼科医を開業。作品は「空気頭」「欣求浄土」など。シュルレアリスム風の創作。生年は明治40年12月20日。没年は平成5年4月16日。
85歳
藤沢浅二郎 ふじさわ あさじろう。新派俳優兼作者。川上音次郎一座に加わり、「金色夜叉」のはざま貫一が当たり役。明治41年、私財を投じて東京俳優養成所、のち東京俳優学校を設立。晩年は不遇に。生年は慶応2年4月25日、没年は大正6年3月3日。52歳。
藤沢清造 ふじさわ せいぞう。小説家。尋常小学校を卒業し、丁稚から18歳に上京。『演芸画報』の記者に。1922年(大正11)、友人の悲惨な死を描いた長編小説『根津ねづ権現ごんげんうら』を発表。精神障害があり、芝公園内で凍死。生年は1889年10月28日。没年は1932年1月29日。42歳。
福士幸次郎 ふくし こうじろう。詩人。青森県生まれ。口語自由詩集の「太陽の子」を発表。フランス象徴詩派の影響を受ける。のち地方主義を宣言して日本詩歌の音律や民間伝承の研究に。「原日本考」など。佐藤紅緑と親しく、サトウハチローの後見人で、木々高太郎は弟子。生年は1889年11月5日。没年は1946年10月11日。58歳。
二葉亭四迷 ふたばていしめい。小説家、翻訳家。東京外国語学校露語科中退。同年坪内逍遥に師事、言文一致体の小説『浮雲』を発表。母校の教授を経て満州に渡る。1908年、朝日新聞サンクトペテルブルグ特派員となり、翌年帰国の途上、船中で没した。生年は元治げんじ元年2月28日、没年は明治42年5月10日。46歳。
舟橋聖一 ふなはし せいいち。小説家、劇作家。1928年東京大学国文学科卒業。在学中に『朱門』同人となり、河原崎長十郎主宰の劇団「心座」結成に参画。その後徳田秋声の門に入り小説に転じ、戦後は「雪夫人絵図」「花の生涯」「ある女の遠景」など官能小説、時代小説、風俗小説をつぎつぎに発表。生年は明治37年12月25日。没年は昭和51年1月13日。71歳。

細川風谷 ほそかわふうこく。講談師。明治18年渡米。サンフランシスコの太平洋商業学校で学ぶ。明治23年帰国。硯友社社友。日本郵船で外国航路の事務長をつとめた。41年退社。以後講談作家、講釈師として活躍し、講談新声会をつくった。生年は慶応3年11月7日、没年は大正8年8月18日。53歳。
堀口大学 ほりぐちだいがく。詩人、歌人、フランス文学者。外交官の父の任地メキシコに赴き、南アメリカやヨーロッパの各地を転住。慶応義塾中退。新詩社に入り作歌から詩作に転じ、多くの詩集『月光とピエロ』『砂の枕』などを出版し、訳詩書は三百点以上。生年は明治25年1月8日。没年は昭和56年3月15日。89歳